光景ワレズANNEX

赤いソファを知ってるか 青いソファを知ってるか

大量のジュースをどうやって独りで消費したのか覚えていない

中学生のとき、1泊2日のスキー合宿教室があった。ぼくは運動に関しては弱者、学校でもスクールカースト下位、しかも卓球部、ガンダムセーラームーンにハマるオタクという中学生としての人権すら危うい存在であったが、父親が北海道出身なのでスキーはさすがにお手の物、ぼくも小学校低学年から教えて貰っていた(スキー用品はもちろんアルペンで購入)ので、いわゆるボーゲン(ハの字に板を構えるやつ)で結構普通に滑れていた。

また小学校高学年以降になると徐々に足を揃えて滑る練習もして、まあまあこれもイケる感じになっていった。余談だが当時はようやくスノーボードが一般に普及しはじめ、かつスキーよりナウいということで勢力を増しつつあったがまだまだスノボは下手くそばかり、大人のボーダーより小学生のスキーヤーのほうがゲレンデでは優位に滑っていた。今はどうか知らないが当時はスキーヤーは伝統的なスキーの格好、ボーダーはダボダボのファッションという棲み分けだったので、山の上から見るとボーダーがしゃがみ込んでいて牛のウンコみたいだとか言ってバカにしていた。

要するに通常の体育の運動が丸出だめ夫であってもテクニックありきのスキーに関しては自信があるということで、これは普段ブイブイ言わせてる野球部やサッカー部、バスケ部など全然怖くないということだ。その1泊2日の間だけはスクールカースト上位、いやそれ以上にブイブイ言わせられる、そういう風に気持ちがデカくなっていた。幽遊白書の仙水に感化されて愚かな人類どもとか思ってた愚かな中学生だったのでどうか大目に見てください。

 

 

そして合宿。実際のスキー教室としてはレベルに合わせてのクラス分けで、当然かなりの経験者のほうだったのでほぼ教室らしい教室もなく、お前は勝手に遊んでおけみたいな感じだったと思う。流石の野球部どももプライベートでスキーを経験したことのない奴はもう歩くことすらおぼつかない様子、とてもいい気分だった(ただ、元の運動能力が高いのですぐ順応する)。

 

スキーはそんな感じでほぼ記憶もないのだが、やはり合宿の楽しみといえば夜。もちろん、騒いではダメ、女子の部屋に行ってはダメ、みたいなことになるが、そこは教師たちも酷くなければ黙認のような雰囲気はあり、男子も女子も「ぬ〜べ〜」とかのマンガで見たようなお色気というか色恋沙汰というか、そんなシチュエーションを妄想するものである。自分から見て自分も含め明らかに皆浮き足立っていたと思う。

そんな中で、「女子の部屋に行くのは禁止」と明確に言われていたが、その逆は言われていなかったよねということで(そうなのか?)やたらと女子が男子の部屋に来た。野球部やサッカー部どもはもう自室を去ってどこかに行ったり(多分禁を破って女子の部屋に行ったりしている)していたので、真面目に自室に残ってる男子というのは基本カスばっかりと女子には見えたに違いない。とはいえ女子のほうもカースト最上位のグループではなかったのでそういう意味でもお互い丁度良かったのかもしれない。

そんな感じで男女3対3くらいが敷き布団2つくらいのスペースの上に車座になるような、しかも無駄に布団を被るような、そんな最高に青春で最高にエロいシチュエーションが自分にもやってきたのだ! そんな20年以上前のことをなんで覚えているかというと、それだけ人生で重要な瞬間だったからである。まあ流石に物理的に触るようなことはできないが、これはぼくが死ぬときの走馬灯こと人生ベストシーンセレクションでもネロが絵を見ながら死ぬシーンのように必ず何度も語り継がれる名シーンに違いないし、アニソンリクエストベスト10でいっつも入ってくるエヴァの歌みたく自分の人生リクエストベスト10でも入ってくるシーンだろう。ていうかこの記憶に執着しすぎて喪黒福造に怒られるやつではあるが、記憶に残っている理由はもうひとつある。

 

ここで浮き足だったぼくは、大きな過ちを犯す(レイプとかではないので安心してください)。

 

この空間が最高すぎたので、願わくばこの時間が永遠に続かないだろうかと気を遣って「ちょっと、まってて」と言い残してその場を立った。ぼくは急いでホテルの自販機コーナーに行き、あの空間にいる全員分のジュースを買った。この合宿では小遣いを持つことが許されていたのだ。

中学生の財力にして全員にジュースを奢る。まさにメタルマックスの「お大尽」(酒場の全員に酒をふるまうコマンド)、その財力比の行動スケールだけで言えば、決してZOZOの前澤社長にも引けを取らない行為である。

そして両手一杯のジュースを持って部屋に戻った。

 

すると、誰も居なかった。

 

シーン……。

 

自分が立った後、「じゃあ解散ね」と場が白けたのか、あるいは野球部やサッカー部のクソバカ闖入者がこっちに来いとか言って別の部屋に誘ったのか、その経緯はわからない。とにかく、ぼくは大量のジュースを抱えたまま独りだった。

 

そのあと、どうやってあの大量のジュースを消費したのか、あげたのか、自分で飲んだのか、持って帰ったのか、まるで覚えていない。本当にビックリするほど覚えていない。もしかしたら男子の部屋で女子と話をしたということすらウソの記憶かもしれない。何なら、スキー合宿があったのかどうかも疑わしくなってきた。だれか助けてほしい。

 

(おわり)