光景ワレズANNEX

赤いソファを知ってるか 青いソファを知ってるか

やさしい嘘

近所の居酒屋が潰れた。その店には一度も入ったことは無いが、あるフランチャイズ店としてはかなり長く営業していた。最近それを抜け独立した別の店名になったのだが、その後数ヶ月で閉店となった。売上げが下がったのか原価が上がったのかあるいはその両方か、とにかくうまくいかなくなってしまったのだろう。

 

その居酒屋には軒先にちょっとした水槽のような池のスペースがあり、よく金魚が泳いでいた。居酒屋の前を通りがかる小さい子供連れ親子は大抵その池を覗き込むことをせがむ子供に合わせて少しの時間足を止める必要があった。子供は何にでも興味を示すし金魚なんかどこにもいそうでどこにも居ないもので、3歳以下くらいの子供は大抵そこに寄り道するのであった。もちろんぼくの子供たちもそのパターンだった。ただこの池は水の交換やらのメンテナンスが結構怪しくて、特に夏は蚊でも沸きそうな感じであった。ドンキの水槽くらい本格的にして欲しいところだが、実際は適当に金魚屋(近所に買えるところがある)から貰ってきては放り込んでいたのだろうと思う。

というのも、その居酒屋の池の金魚は、定期的に“居なくなる”のだ。ほぼ毎日前を通っているのでわかるのだが、あるタイミングを境に居なくなり、またあるタイミングに復活する、というパターンを繰り返していた。お祭の出店で売っているような、金魚すくいで貰えるような金魚である。寿命も推して知るべし、また更にそもそものメンテナンス状態からして、そんなに金魚たちのいのちが長持ちしないであろうことは想像に難くない。

ただ、死骸が浮いているような状態も見たことはないので、恐らくだがある程度の周期で金魚たちを「メンテナンス」として入れ替えていた可能性が高かった。全ての金魚が一斉に消え、1、2ヶ月すると帰ってくる。一斉に夏休みを取っていたとも考えにくい。

 

話を戻すが、その店が潰れたとき、金魚たちはその池にそのままにされていた。店が潰れるのは割と唐突なことが少なくない。金魚たちも寝耳に水だったろう(水の中にいるけど)。そして、状態としては放置となった。

災害などで家が被災し、家族が逃げるも飼い犬や飼い猫が置き去りになるという事例がある。あれと同じで、金魚たちは誰も出勤にも飲み食いにも来ない元居酒屋の池で引き続き泳いでいた。自分を含め、ここを毎日通る人たちや子供たちも「どうするんだろ」となんとなく思っていたと思う。

 

ある日、池の水が全部無くなっていた。ココリコ田中とロンブー淳が来たわけではなく、しかしここの関係者がメンテナンスしたのだろう。水質もどんどん悪くなっていたし、ボウフラが沸くのは目に見えていたので良かったと思う一方、必然的に金魚たちの姿も無くなっていた。まあ、「いつもの、そういうこと」ですよね、と思ったし、近所の人たちも思っただろう。とにかく、潰れた店の前にあるどんどん汚れていく池が無くなった、これで近所の人ととしては一安心だった。金魚のことが少しだけ気にひっかかりながら。

 

……そう思っていた数日後、潰れた居酒屋のカラッポの池の前に突如ラミネートされたPOPのようなものが貼られていた。

見てみると

「金魚ちゃんたちは 別のところにお引っ越ししました! 今までありがとう!」

と書いてあった。

 

本当は嘘だとわかっていることだけど、本当だと思って過ごすほうが良いこともある。

本当はみんな嘘だと知ってるけど、本当だということにしておいたほうが良いこともある。

 

うむ、お引っ越ししたのだな。金魚たち。よかったよかった。

 

(おわり)