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シリーズ初体験:胃カメラの感想

生まれて初めて人間ドックを受けることになった。人間、なにかの〝初体験〟は一生に一回しかないものだが、その初体験をもたらす材料は何歳になっても無限にあるものだったりする。


人間ドックの華といえば胃カメラ。ホットドックの華がソーセージであるように、人間ドックのメインディッシュは胃カメラMRIは所詮ピクルスだと捉えている。ぼくの場合胃は比較的強い方だと自覚しており、具体的にはてんやの天ぷら油以外であれば大きなインシデントを発生させたことがない。なのでおそらく胃に関しては問題は無いだろうという見込みが強く、いっそ辞退というのも考えたが、犯罪以外でやったことのないことは少ないほうが良いのではないか、という行動規範がぼくの中にあるため意を決して受けることにしたのであった。この経験至上主義というか、世界に用意されたイベントフラグを漏れなく集めようという考えは、線の引きどころを誤ると究極的には乱交パーティ、ドラッグや殺人などをも経験すべきということになってしまうので危ういと常々思っているのだが、しかし胃カメラはやっておいて良いだろう。
何であっても、幾つになっても初体験はドキドキするものである。知らない駅に初めて降りその駅前の空気を吸った瞬間は、いつだって少しの期待と不安の入り交じる知的好奇心への刺戟を得ることができる。初体験というのはそういうものだし、言い換えれば経験を積み重ねることが人を強くし、感受性を鈍感にさせていく。


ところでぼくは口に異物を入れるのがひどく苦手で、風邪で内科にかかったときに喉を診るために舌をグッと押すヘラみたいなやつもダメだし、歯医者の治療全般もダメだし(削るやつはともかく、バキュームが最悪だし、その2本同時感がとても辛い)、歯の詰め物の型を取るピンクのやつを噛んでるときもダメだし、イソジンのうがいだけでも3回目からダメだし、まあとにかく食べられないものを口の奥に入れるのがダメなのである。だからもしぼくが女かまたは男好きの男だったらきっとフェラチオをまともにできないのだと思うし、ピンサロ嬢などはぼくの能力を完全に超越した壁の向こう側の職業、例えばプロ野球選手や宇宙飛行士に匹敵するそれとしか思えない。
そんなこともあって胃カメラを呑むというのはまさに決死の覚悟、基本的にバリウム以外あり得ないな……と思っていた。『つるピカハゲ丸』の父ちゃんは「バリウム美味い!」とか言っておかわりをしていたのをよく覚えていて、そういうこともあってバリウムでいく案も考えていたところ、最近は鼻から入れる胃カメラもあるという情報を得た。
色々調べると、口から入れる胃カメラに対して大きなデメリットは無いように思われ、自分でもそれならばイケるのではと考え、「経鼻胃カメラ」という選択ができるクリニックを探して予約した。とはいえ、よくよく考えたら鼻うがいでもオエッとしていた(これは鼻というより口に帰ってくるマズい食塩水的なやつが気持ち悪かった)ので大丈夫だろうかという不安も日に日に増していった。それにしても昔はおそらく技術的な問題で鼻からという選択肢が無かったのだろうと想像するに、技術の進歩にはただただナオト・インティライミのようなツラ構えで感謝するしかない。ナオト・インティライミ胃カメラに感謝したかどうかは知らないが。

 

いよいよやってきた人間ドック当日、諸々の検査が滞りなく進んだ。検査着のようなものに着替えて各検査コーナーをスタンプラリーのように回っていくスタイルのクリニックで、基本的に男女別の構造となっているのだが一部の検査は共用となっていた。若い女性客はいないようだったが、それでもこの検査着だとおそらくノーブラであろうから乳首が目立ったりしないのだろうかというのは気になった(ジロジロ見るわけにはいかないので確認はしていない)。余談だがヌルヌルしたものをおなかに塗ってもらってゴリゴリとなんかやられる上腹部の超音波検査は色々複雑な気分になりとても良かった。風俗とはああいうものだろうときっと思うし、その手の店ならば数千円取られるような内容であろうが、今回の人間ドックの場合この検査はオプションで1万数千円取られている。そうしていよいよ、胃カメラの順番がやってきた。
担当の看護師さんはこちらのカルテに目を落としながら「あら、お客さん今日はじめてなの?」的なことを言い、こちらもまた緊張を隠しきれずにハイそうですと縮こまっていると、最初は大変かもしれないけど口よりはラクですからと安心させるような言葉をかけてくれた。そしてまずは鼻の通りを良くするということで、鼻づまりなどのときに使うような点鼻薬をスプレーされた。普段から鼻が詰まり気味なのでその手の点鼻薬は使ったこともあるが、ここでスプレーされたものはプロ仕様と言わんばかりの効きっぷりで、鼻の奥の硬質化鼻水ウォールがドロドロと溶けていく感覚がはっきりと感じられた。
それから胃が見やすくなる薬というものを飲まされ、次にどちらの鼻がより開いている感じがあるかと問われたので、右の方が比較的良いと答えると、右の鼻の穴に麻酔を注入された。鼻の奥からそのまま喉のほうに液体がだらりと伝っていくのを感じ、その後液体が通過した通り道がピリピリとし始めた。「ふふふ、そろそろ効いてきたようね」的なことを言いつつ看護師さんは透明のチューブを持ってきて、それをするするとぼくの右の鼻に挿れ始めた。丁度うどんを鼻から入れて口に出す芸人のようなものだろうか。ある程度のところで「だいたいこの太さのモノを入れるというデモンストレーションです。大丈夫そうですね」と説明された。しかしそのチューブは一旦抜いたりはせず鼻に突っ込んだまま立ち上がらされ、処置室まで歩いた。幸か不幸か、担当医師は少し年上のように見える、にしおかすみこが医大卒だったらこんな感じになろうか、といった面持ちの女医さんであった。しかし、フーン初めてナノネ的な素っ気なくも若干高飛車、だけど心の奥底には医師としてのプライドを持っている的な態度が自分の中のM世界への萌芽を感じさせる。安いドラマのようにあまり意味のない感じに白衣を羽織っており、こういうマンガみたいな感じの人もいるのだなあと思いつつ、自分の鼻からは相変わらずチューブがでているわけであり、ふとベートーヴェンの定番曲に合わせた「ティロリ~ン 鼻からチュ~ブ~」というフレーズが頭をよぎった……よぎったというのは嘘で今これを書きながら考えた。実際はまったくそんな余裕もなく、ただただ緊張していた。にしおか先生はぼくの鼻からチューブを示しつつ、コレ(チューブ)とコレ(胃カメラ)は同じ太さだから大丈夫、だけど唾は飲むな、とにかくマクラにダラダラとだらしなく飢えた卑しいブタのようにはいつくばって出し続けていればいいの! 的な趣旨のことを言った。にしおかすみこが持っていたムチのようにしなるその黒い胃カメラは、ただ目の前の女王様に平伏し従順な畜生と化すしかないことをぼくに悟らせた。ぼくは250mmの野菜生活の紙パックのように鼻からチューブを出したままアイと答え、体の左側を下にして寝るその角度やら何やらも多くの注文をつけられつつポジションを決定するや否や、にしおか先生の黒くて細長くヌラヌラと光るアレはチューブと引き替えにぼくの秘部へと暴力的に進入してくるのであった。目の前のモニタにはぼく自身の鼻の穴が大写しにされ、それなりに整えたはずの穴の中の毛もあられもないほどクッキリと見えており、それをにしおか先生、看護師さんがぼくの見る前でジッと見続ける。ああっやめてっと思うや否や、ズッズッとにしおか先生のアレがどんどん肉壁を掻き分けて探索に及んできた。喉のあたりを通った際につい唾を飲むような動きを取ってしまったところやはりオエッとなり、何度か吐きそうになった。ぼくは普段から殆どしない飲酒や、てんやを食べたことによる胃もたれでもゲロを吐くことが怖くて滅多に吐いてラクになるという選択を取ることがない。吐き慣れている人はカジュアルにインプットアウトプットをするようだが、ぼくの場合は口から入れたものは基本的に尻の穴か尿道を通したい一方通行派で出戻りはなかなか認めたくないのであり、これは日本の通常のスーパーマーケットに対するイケアやコストコ的なシステムと理解いただければと思う。とにかく、何度もオエッとなって涙とヨダレがダラダラと出る。にしおか先生は「苦しいのネ……肩のチカラを抜いて……すべてを受け入れなさい」的な助言をしつつも他方で手を止める様子はなかった。ある程度の深度まで降りていった段階でぼくも少し落ち着いてきて、放心状態で目にハイライトが無くなったエロマンガの少女のようなイメージを自分に重ねると比較的楽に感じられた。ちょうどそれはなされるがまま、とにかく呼吸をゆっくりとし、それ以外のことはなされるがままに委ねるというシーンを想像するとちょうど良かった。しかしそんな面持ちでカメラを眺めていたが、あそこに入っていくか? というほどの次のゾーンへの小さい穴を進んでいくものだと感心してしまった。というかもうちょっと遠慮しろよと見ていてハラハラしてしまった。よく洞窟の探検ドキュメンタリーなどで「ソコ行っちゃう!?」みたいなシーンがあったりするが、まさにあれと同じだ。ぼくは閉所も怖いのでああいうのは本当に勘弁である。最深部付近ではおなかのあたりがツンツンされているような感覚もあり、エイリアンの産みつけや妊娠中ってこうなのかしらと少しときめいたりもした。そして人間所詮ただの筒だな、と悟った。
胃カメラが無事帰還すると鼻水と涎と涙で顔という顔のひととおりの水分放出機能を同時に駆使したぼくを見て、にしおか先生は「鼻水と涎と涙にまみれたヤツはどこのどいつだ〜い?」などとにしおかすみこのようなことも言わず、優しく「落ち着いたら説明をします」と声を掛けてくれた。ぼくは顔汁(顔面の汁のミックス)をひとしきり処理したのち、にしおか先生の前に座った。肝心の胃や十二指腸の状況としてはとても健康的であり問題もないとのお墨付きを得て、詳細結果は今後郵送待ちではあるがおおむね問題はない様子であった。ポリープという突起物のようなものもあったが、これは良いポリープだから気にする必要は無いとにしおか先生は付け加えた。ドラクエにはときどき良いスライムと名乗るやつがいたがポリープにも良いポリープがいるらしい。


名実ともにアラフォーともなると心身のガタは如実に出てきたりするので、今後も検査はしっかりとしていきたい。仮に死ぬのだったら死ぬ前にやりたいことは沢山あるし、どうせ死ぬようなことがあったらどうせ死ぬからいいじゃねえかという言い訳を方々にフル活用したアレコレをしたいからだ。また今回は脳と大腸の検査が予約の都合上できなかったが、これも次回は是非やりたい。脳は以前やったことがあるので、大腸が来年の初体験となる。これは何かにいろいろな意味で目覚めるきっかけになるかもしれないし、わくわくするではないか。