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赤いソファを知ってるか 青いソファを知ってるか

エイプ・キングダムの真実

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確か15年ほど前のこと、まだ「珍スポット」というコトバが浸透する以前、当時はどちらかというと「B級スポット」という呼び方が主流で、その概念が広く注目され始めた頃だったと思う。その頃の旗手となるWebサイトといえば今や界隈の伝説、その名を知らない者はモグリと断言してもいいが、荒川聡子さんの【動物園・B級スポット大好き!】というサイト(リンク先はWebArchive)だ。いわゆる「るるぶ」や「○○ウォーカー」的なものをなぞる旅行ではなく、自分が本当に見たいものを見に行くという旅の姿勢を学んだのはこの荒川さんのサイトに影響されてのことだ。あるとき自分のブログが荒川さんの掲示板に貼られていたときは胸がドキドキしたものだった。いつかお目にかかることができればと思っていたが、荒川さんは2011年に急逝されその機会は永遠に失われてしまった。これは流石に相当ショックであった。

 

 

話を15年前に戻すが、ある日大学時代の後輩たちから「赤祖父さん、鬼怒川に結構ヤベエところがありました」との話が飲みの席で出た。彼らは特にB級スポット訪問などの趣味は無く単に各地の温泉や風俗を巡っているだけであるが、そこはたまたま暇すぎて立ち寄ったという。彼らはそこを「エイプ・キングダム」と呼んでいた。すなわち「お猿の王国」いわゆるサル山なのだというが、ぼくはどの辺がヤバいのかの説明を彼らに求めた。会話の中の表現は色々あれど、だいたいこんな感じだったと思う。
「高い金を払ってロープウェイに乗ってわざわざ山の上に行くのだが、山の上にはエイプ・キングダムしかない。普通もっとあるだろと思うがそれは逆に凄い」
「客が皆無。従業員以外はサルと閑古鳥しかいない」
「施設がボロく臭く狭い。サル山界のブラック企業
「狭い通路の中、ヒッチコックが撮ってるのかというくらいサルが凄い勢いで手を出してくる」
「受付のジジイのやる気どころか生気がゼロ。多分サルに操られている」
とにかくネタのレベルとしてはかなりのクオリティであるから一度は訪れて欲しいとのことだった。確かに『猿の惑星』には猿にロボトミー手術された人間が出てくる。そんなジジイがいるのだとしたら凄い話だ。


……それから鬼怒川には何度か行く機会はあって、その際に鬼怒川秘宝殿やハイセイコー食堂といったスポットは訪れたが、件のエイプ・キングダムに行くことは無かった。なぜなら彼らの被害者の談話的な話を聞いただけである意味満足していたからだ。たとえば風俗レポートのブログは大抵が風俗嬢や店の悪口のほうが盛り上がるのが常であり、地雷のお相手のルックスをいかにおもしろいものに例えるかという腕の見せ所でもあったりするが、しかし特に「じゃあ俺も行こう」とぼくはあまり思わない。それと同様、エイプ・キングダムもある種そんな後輩たちのレポートだけで充分だったのである。

 

 


そしてつい先日の話になる。鬼怒川温泉のホテルに2泊する機会があった。3歳と0歳児連れに対応でき、これらを連れて東京から行けるほど遠くなく、失効期限の近いJALマイルをクーポンとして利用できる宿がある温泉、というとなかなか選択肢が少ないのである。更に1泊だとなんやかんやと慌ただしく終わってしまうので2泊とし、その間の観光の計画も入れずずっと宿でのんびりと過ごそうと思っていたのだった。
しかし、偶然にも子供たちの昼寝や食事のリズムもバッチリ合った日中数時間の空き時間が発生した。ふと、その15年前に後輩たちが楽しそうにディスっていたあのエイプ・キングダムの存在を思い出した。調べると宿から徒歩で数分の位置にある。よし、今こそ行ってやろう、と決意した。

 

平日の16時頃に、その王国の入り口となるロープウェイの駅に徒歩で到着した。客が来たら随時出るのかと勝手に思っていたがたまたま前便が出たばかりで、20分以上待って乗り込んだ。他の客は2組4名ほどだった。大人ひとり1000円少々の運賃で、これ今日いる従業員の給料分すら出るのだろうか、と余計なお世話な疑問を感じた。

 

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ところで、「お猿の王国」すなわちエイプ・キングダムの表現は周囲を見る限りどこにもない。公式サイトでも「おさるの山」が正式名称のようである。ただし現場でも「おさるの山」「おさるの楽園」「さる園」と表記がブレているので、かつては王国だったのかもしれないし、後輩たちの記憶もあやふやだったのかもしれない。

(なおここから先も便宜上エイプ・キングダムで通すこととする。あとニホンザルをエイプと呼ぶのも多分違うが、そうやって当時後輩たちが言ってたのでこれもそのままにする)

 

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駅の外には「このように並べ」とジグザグの矢印が地面に示してあったが、休日であったとしてもこんなに行列するほど客が来るのか甚だ疑問である。

 

 

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たまたま入った店で見かけたら萎えるものランキング3位こと石塚のサイン(ちなみに1位がゴキブリの赤ちゃんで2位が“食べログ話題の店”のシールです。「うどんが主食」のシールはむしろアガります)があり、飲食店ではないのでかなり無理矢理な“まいうー”をしていた。今度は葬儀場に「死、まいうー」のサインを残して欲しい。

 

 

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ロープウェイは数分で山頂駅に着く。大抵のロープウェイでは景色から見えるアレコレを自動アナウンスで解説してくれるのがセオリーだが、このロープウェイは特に言うことが無いらしく○○メートルを○○分で上がりますくらいしか喋らなかった。ぼくとしては、普通にわざわざロープウェイを使ってまで行く先にエイプ・キングダムしかないというのは何なのか(そこまで単独で強いコンテンツ性があるのか?)は大きな疑問があるのだが、その説明は特になかった。

 

 

 

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航空写真で見ても完全な陸の孤島状態である。昔は登山ルートなどがあったともどこかの情報で見たが、今はこのロープウェイ以外のルートはなさそうだ。金田一少年の事件の舞台になっても良いくらいだ。

 

 

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実質ロープウェイの運行料に含まれているとはいえ、エイプ・キングダムの入国料自体は無料である。千葉ネズミの王国はいくら取られるかと考えると非常に太っ腹な話だ。しかし、流石にロハで見学して終わろうというのはいくら何でも気が引ける。ここはサルたちのエサを100円で買ってあげられるシステムになっているのでさっそくひとつ買う(それでもたった100円である)。
ぼくはつぶさにエサを売ってくれたオッサンの様子を観察した。当時後輩たちが言っていたジジイと同一人物かは不明で、美味しんぼの富井副部長のようなルックスではあったがロボトミーのような感じはない。副部長は危ないからこれ使って、とエサやり用の長いスプーンを貸してくれた。

 

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エサを金網の隙間から与えてみようとすると、サルによってはトタンをバンバンと叩いてここに持ってこいアピールをしたり、弱い目のサルを追い払って自分が貰おうとしたり、手招きをしたり、様々個性的で面白い。判官贔屓しがちな国民性を持つ者としてはやはり弱者、小さめのサルに与えたくなるが、フェイントをかけて小さめのサルにあげようとしても、それでも大きいサルが強襲し奪ってしまう。こういう弱肉強食を露骨に見せられると、人間の世界だってその露骨さこそ薄められてはいるものの、本質は結局サルのエサの奪い合いと同じ話なんだよなと再認識させられるのだった。

結局面白くてエサをもう1袋おかわりしてサルに配布した後、先ほどの富井副部長に「小さいサルにあげられないんですが大丈夫ですか」と話しかけた。副部長は「一応普通のエサも全員に行き渡るようあげているから大丈夫」とのことだった。全然操られている感じはなかった。「この中のボスはどのサルですか」と尋ねると、「ボスはいません」との返答。操られていてそういう答えをプログラムされている…わけではなく、続けて副部長は「今は人間がボスですね。私じゃないけど。イシシシ」と教えてくれた。聞けば、数年前まではボスがいたが野生のサルと戦って死んだとのことで、それ以来はボス不在、飼育員の人がボスのようになっているという。それじゃエイプ・キングダムじゃなくヒューマン・キングダムではないか!


副部長は「ホンモノのボスのサルはね、人間なんかの言うことは聞かないんですよ。絶対に媚びないし、何かあればまず先頭に立って人間にだって刃向かうんです。それが群れを仕切る責任感とプライドってやつですわ」とやたらボスへのリスペクトの念を込めて話す。少なくとも副部長は現ボスより先代ボスを慕っている風な口ぶりであり、更に言えば現ボス的立場の人間の人は上に媚びるし何かあっても先頭には立たないし責任感もプライドも無い人と言ってるような感じになってきた。本人がいなくて良かった。

 

結局エイプ・キングダムへの滞在は30分間だけで充分だったが、それでもサルのリアクションや近さも通常の動物園では味わえないものでとても面白かった。狭さや臭さも最初は気になったが狭ければサルと近くなるのは必然、これも問題なかった。副部長もやる気が無いどころか嬉々としてたった200円しか出していない客の相手をしてくれた。多分ヒマすぎて仕事への意欲がすべてぼくに向いたのだろう。15年前の後輩たちの感想とかなりの温度差があるが、その間に改革が入ったのか、主観の差なのかはわからない。しかし結論としてはエイプ・キングダムこと「おさるの山」は別にヘンなツッコミを誘うような珍スポットでも何でもないと感じたし、鬼怒川滞在の際の1時間程度の暇つぶしには普通にオススメである。

 

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(おわり)