光景ワレズANNEX

赤いソファを知ってるか 青いソファを知ってるか

自分があらぬ罪の疑いをかけられたらどう潔白を証明するのか

f:id:akasofa:20180716225822j:plain

自宅の引越をした。


賃貸住宅の場合、一部家電について「設備」扱いの備え付けか、自前で用意するものかがその物件によって変わってくる。例えばよくあるのはウォシュレットや照明器具、エアコンあたりが物件によっては設備として完備されているか否かに差が出る。3部屋あるのにエアコンは1台しかない、みたいな物件も多い。


今まで住んでいた物件もエアコン2台が自前の用意となった。この時代ノーエアコンの部屋は物置としてしか使えないので痛い出費だったが、やむを得ず一番安いエアコンを買って付けた。しかし引越後の物件については全室エアコンが標準で付いているので、この2台はわずか数年で無用の長物となってしまった。


スマホやカメラなどはリセールバリューが高いので、ある程度新しい品物でかつ状態が良ければ売却することで価値を大きく損なうことなく次に買い換えるなり別のものに使うなりができる。しかし白物家電やエアコンなどはなかなかそうもいかない。たとえ数年程度の使用だからといって、中古で売却できれば御の字レベル、普通はむしろ処分費用がかかって当然という扱いなのである。


不要エアコンの処遇について色々調べたところ、エアコン専門で買取を行っている業者を見つけた。極論ゼロ円買取であっても工事費がかからず取り外し、搬出までやってくれるのであればもうそれで良い。早速電話して、引越の翌日の予約で買取を依頼した。引越としてはエアコンを残置したままにして、その後で引き取りに来てもらうという算段だ。

引越は無事に終わり、その翌日、予定の時間にエアコン業者が来た。担当者は身体は縦にも横にもバカでかく、動きは職人然とはしているが顔はどこか幼さが残る青年だった。ゴリライモと心の中で呼ぶことにした。

 

事前の見積りでは2台で買取上限7000円ほどの値がついており、これだけやってくれてお金が返ってくるなら……と期待していたが、いざ外しにかかると内部のちょっとした不具合などが見つかったりしてサクサクと査定マイナスがついていった。ゴリライモの説明は実物を指摘しながらで特に疑義のあるような、いわゆる難癖やケチつけのようなマイナス査定ではないことは納得できた。以前、ソフマップにプレイしなくなったWii本体を中古で売却しようとしたら「こちら本体に目に見えないキズが付いていますねー」と目の前で見ながらマイナス査定を突きつけてきた店員がいて、見えないものが見えるお前のその目は何なんだバンプオブチキンかと文句を言いたかったが、そういう超人的査定も無く納得のマイナス、そもそもでこちらの持ち出し、支払いが発生しなければ良しとしようと目標値を決めていたので、そのマイナス査定も唯々諾々と受け入れた。ゴリライモは技術的な話もしっかりしており、便宜上見た目だけでゴリライモと名付けてしまったが割と信頼できる職人だと感じた。ただし便所を貸してくれというので貸したのはいいが、2回目からは断りもせず勝手に使うのはどうなんだ。友達じゃないのだから一応一声かけろ。な。

 

エアコン2台の取り外しはトータルで3時間弱かかり、先の査定のとおりマイナス査定が出て最終的に買取2000円ということになりこれで合意した(そもそもこの段階で「じゃあ売りません」は状況的に無理なのだが)。お金は後日振り込みということで口座の情報を書類に書いてゴリライモに渡し、こちらも書類の控えをもらい、そしてゴリライモは引き上げていった。

 

スムーズに終わり一安心というところで、この後控えている部屋の明け渡し立会いに向けて掃除などを進めるために、まずは昼飯を食べにいくことにした。部屋を出て駅の方に歩き出し、店が並ぶ賑やかな通りあたりにさしかかったあたりで携帯が鳴った。出ると、先ほどのゴリライモだった。


「スンマセン……先ほどの者ですが、あの、財布がなくなっちゃいまして」
「はあ」
「いやーもしかしたら、あの部屋に忘れてきたかなって」
「はあ」
「ちょっと部屋開けてもらえないッスか?」
「えー……わかりましたよ、ちょっと待っててください」
食事ができる直前というところで旧居に向かい踵を返した。この日は梅雨が明けてもう夏真っ盛り。日差しの強さは半端ない。腹も減った。まとめるとクソ面倒くさい。面倒だがぼくは何だかんだで他人に割と優しいほうなので仕方がない。

 

無駄なウォーキングを終えてマンションの入り口に着くと、ゴリライモが待っていた。話を聞くと
「いやー、確かにあったハズなんス。でもないんスよ。多分部屋だと思うんス」
と言う。いや、無い。絶対ない。もう部屋は荷物を出し切っていてモノがあればすぐにわかる。今は掃除用具くらいしか残ってなく見落とす余地がない。無くしたのなら部屋以外なので知るか、である。


しかし、この状況で言えることがある。それは「本当にゴリライモがどこかで紛失した場合」を除くと、ぼくは状況的には「財布をくすねた可能性のある唯一の容疑者」になるのだ。部屋の出入りはぼくとゴリライモしかなく、オートロックのマンションなので不特定多数は廊下にすら来ない。構造上、隣人の接近はないし、仮にあったら絶対にわかる。よって容疑者はただひとり。コナンの吹き替えなしの毛利小五郎、もしくは金田一少年役の堂本剛でも当てられるほどの簡単な推理である。

何より、若干ゴリライモがこちらに向けてくる疑いの目が気になった。盗んだ、まではいかないが何か知っているのでは?みたいな目を一丁前にしてくるのだ。勿論先ほどまで客と業者の関係なので流石に「お前盗んだだろ!」みたいなことは言ってこないが、ここでぼくが非協力的な態度を取ったら何を言い出してくるかわからない面持ちがあった。能力バトル漫画なら小柄でメガネで敵より経験豊富なぼくが、大柄パワータイプのゴリライモに確実に楽勝で勝てるが、現実はそうもいかない。自分が窃盗の犯人の疑いをかけられている。その潔白を証明するためには全力で「いい人」をやり尽くすしかないのである。

 

早く帰って欲しいので早速部屋を開けて見てもらった。ところがゴリライモ、せっかく開けてやったのに探し方はテレビ局のTwitterアカウント並に雑な感じで、部屋全体をバーッとだけ見て「無いッス…」と言った。そういう生き方だからモノを無くすのだと思う。
「室外機を外してるときに窓枠のところに財布置いていたんス。だからそこにあるのかと思って…」
とゴリライモは言うのだが、だったらなぜ部屋を見たのだ。お前やっぱり疑ってるのか。

ぼくは心配した顔で「ん~無いですね。クルマの中とかでは?」と言った。心配しているが、正確にはゴリライモの財布のことより面倒から解放されとっとと昼飯を食べられるかを心配している。ゴリライモはぼくにお礼を言い、再度解散した。ぼくは別れ際「もし何かあったら電話ください」と伝えた。何かあっても何もしようがないので、これはただの決めぜりふ、仕事のメールで「以上よろしくお願いいたします」と最後に書くようなアレにすぎない。

 

そして今度こそ昼飯をと思い、再度駅前のほうに向かって歩いた。すると、先ほど電話がかかってきたあたりでまたもやゴリライモから電話がかかってきた。社交辞令を真に受けるタイプ、京都人のイヤミが通用しないタイプだな、と思いつつ電話に出ると
「クルマの中にも無いッス……あの、もう一度部屋見せてもらえないスか」と言う。ふざけんなお前と思いつつ、ぼくは全力の協力者である必要があるので、うるせーとも言えずまた戻るよと答え、昼飯は道すがらコンビニのおにぎりを買って帰ることにした。ゴリライモのせいだけで家と駅の間を2往復し、昼飯はおにぎりになってしまった。
再度マンションに着くと、また同じところに同じ姿勢で同じ面構えのゴリライモが立っていた。昔のゲームで画面枠から消えてもう一度同じ画面枠に入ると復活する敵キャラのようだった。

 

よく見るとゴリライモは「すんません…すんません…」と言いつつ作り笑いをして落ち込んでいるので
「じゃあまた部屋を好きなだけ見てください。その後クルマ一緒に探してあげますから。ほら、捜し物って他人が見たらパッと出てくることとかよくあるでしょ」と励ました。
部屋をもう一度開けるが当然何も無い。そもそも探し方が雑なので、ぼくが積極的に棚の中やドアの陰なども開けてやって「ほらね、何も無い」と見せて回った。それから、もう更に往復させられるのも嫌なので、ぼくのリュックの中身も見せた。
「いや、それは無いっス。それは疑ってないっス」とゴリライモは言うが、そのくらいしないともう1往復させられかねないので徹底して潔白を証明することにしたのだ。というかマジマジとぼくのリュックをチェックしてきたらいよいよコイツ、と思うところだが、そこはゴリライモにも人間的な部分もあるという点で安心した。


部屋とリュックを見せた後は、マンションのゴミ捨て場も見せた。片付けの中で発生したゴミの袋に紛れていないかの確認のためである。勿論そんなことはあり得ないとわかっているのだが、あらゆる可能性を徹底的に排除して潔白を証明しておく必要がある。そして潔白を証明するためであれば、人は必要以上に親切になる…のかもしれない。
次にゴリライモのクルマまで案内してもらい、その社用車の中も一緒に探した。あるとしたら回収したエアコンに紛れていたり、車内の座席下などに落ちていたりというパターンだが、ぼくが探した限りでも見つからなかった。「無いっスね…」とゴリライモも落胆しており、ぼくも完全に他人事なのだが一応
「無いっスね…」と返した。コミュニケーションスキルのミラーリングというやつである。しかしこのあたりで何か意外なところで見つかればこの文章もキレイに落ちるのだが、財布は本当に見つからなかった。

 

ゴリライモも諦めたようで、会社に帰ると言う。カードとかは止めておいたほうがいいですよと一応アドバイスを伝えると、ゴリライモは別のことを気にしている様子で、
「あの…やべえんス。あの…駐車料金がオーバーしちゃって…」
と言った。ゴリライモのクルマは道路上にある一時停めのパーキングで、基本的に30分を越えて放置していると切符を切られるやつだ。作業中は何度かこれの延長に出ていたので確かに財布はあったのだろう。しかし今財布が無く現金を持たないゴリライモ、暗にぼくに金の無心をしているのであった。
わかったよ…という思いで「いいですよ、ぼく払いますから…」とパーキングの機械に自腹の300円を投入した。ゴリライモの表情は少し明るくなり、
「ありがとうっス。これ(300円)、買取の金と一緒に振込みますんで…」
と言い残し、走り去っていった。そういえば免許証とか大丈夫なのだろうか。

……結局その後財布がどうなったのかはわからないが、後日約束通りゴリライモの業者から買取金額の振込みはあった。結局エアコン自体は2000円ということになったので、駐車料金の立て替えと合計で2300円のはずだが……。

 

 

f:id:akasofa:20180716225851j:plain

おい!(正直こうなる予想はしていた)